知っていて当然

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定次(さだじ)という少年がいた。

頭が良くて、体が大きい少年だった。

 

子供っぽい周りの少年に対し、

いつも優しい笑顔をしながら、静かに座っている遠慮深い少年だった。

 

親が借金をしており、お金が必要ということもあり

体も大きいのだから、

力士になってみては...という話があり、

初めは抵抗していた彼だったのだが、

 

ある幼馴染がどこぞの、額縁入りの力士の図を持って来て、

「こういう、力士になって欲しい」と言った。

 

割と力士については、周囲が詳しいこともあり、

しかも額縁に飾られるような力士だから、知っててもいいのだが

その額縁の力士が「知っているようで全然知らない」謎の力士のように見えた。

 

しかし、とても懐かしく、知っていて当然...のような雰囲気を持っていた。

 

後に、その力士を思い出そうとしてもぼやけていて、全然思い出せなかった。

顔も、体型も、ただただ、

ぼやーっとした、「相撲の力士らしい」とような輪郭のみが

しかも白黒の、極度の近視の視界で眺めているような...不思議な感じでしか

思い出すことが出来なかった。

 

しかしとても懐かしく、

不思議な感覚だが「知っていて当然」のような、謎の雰囲気があったのである。

 

 

さて、この額縁付きの力士の写真を持ってきた幼馴染は、

定次にこうお願いした。

 

相撲に興味がないから、

「力士=この人」

「横綱=この人」

という、

全部をまとめた存在になって欲しい、と言ったのだ。

 

とりあえず、相撲を語るなら、

この人の名前を覚えておけば全てOK、というような存在がいれば

便利なので、

是非そういう存在になってくれ...と。

 

変わったお願いだったが、

何故か定次は、

だいぶ前からこの不思議な幼馴染を特別な存在だと思い込んでおり、

「この人の言うことを聞いていれば大丈夫」と

妙な安心感...確信めいた気持ちというか...そういうものを持っていたため

当たり前のように

「分かった」と力士になった。

 

幼馴染は、変わった木彫りの人形を渡し、

「何かに迷った時、...二者択一で迷ったら、この人形が

『是』か『否』を選んでくれるから、

これに頼るといいよ」と

言った。

 

その木彫りの人形には何の力もなかったが、

『小物に頼る』という行為で

一種のプラシーボ効果というか、

実際は何の効果もないのに、

『叶う』という強い思い込みで良い方向に向かうという現象を

引き起こし、

自身の、無意識に眠る強い思いを引き出すことが出来るようになり

定次は様々な局面でこの木彫りの人形を頼り

上手く行っていった。

 

・・・

 

・・・

 

それから何年もして。

その木彫りの人形が運悪く壊れてしまうことが起き...

 

何を頼りに生きていいのか分からなくなり、

しばらく『頼るもの』を探し求めた時期をさまようことになる。

 

幼馴染は探しても探しても見つからず、

ずっと彷徨い...

 

 

何十年も経ち、

その幼馴染に再会した。

 

幼馴染は言った。

「...その時の額縁にあった力士は、貴方だったんですよ」と。

未来の貴方を見せたんですよと。

 

そこで定次は思った。

「そうか。だから、不思議とこの人を益々信じる気になったんだ」

 

あの人は一体誰だったんだろう。と。

 

東洋医学への旅〜BJと溥儀〜(後編)

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前編

 

ブラックジャックはそれから、中国をあちこち歩いていくうちに

ひとつの重大な発見をした。

 

 

「・・・皇室だとか、皇帝の血筋の人間であればあるほど、

その医食同源とやらの・・・自己治癒力の力が膨大になる―

易姓革命で皇帝になる宿命を持った『皇帝』は普通の人間とは遥かに比べ物に

ならない程の優秀な遺伝子を持っている!」

ブラックジャックは拳を握りしめながら、自身の発見した事実に驚いていた。

 

どうやら、姓は変わっても、つまり血縁関係が切れて新たな皇帝になっても、

その皇帝は前の皇帝の遺伝子を引き継ぐ。

皇帝の代が代わって行けば行くほど、その遺伝子が溜まりに溜まっていく。

 

 

彼の立てた仮説はこうであった。

 

・物質を極度に重んじた中国人は自己治癒力の能力が強く備わっていた

(備わらざるを得なかった)

 

・その中ででも、たまたま膨大な能力を持った人間は人々の本能を著しく刺激し

...結果、人々の支持を得て、その人間が皇帝となった

 

・長らく、ひとりの人間を崇拝、或いは畏れ敬う......そういう方法でやってきて来た中国が

その方法で何故かまとまってきたのはそういう国民性があるから

 

・人間もそうだが、親の代、子の代、孫の代......になるにつれて

前の祖先たちの遺伝子情報が新たに蓄積されていく

 

・何故か血縁関係がないのに、前の王朝が滅びた後に次の王朝の皇帝に

その遺伝子情報が蓄積されていく

 

 

ブラックジャックは↑これらをメモした紙を見ながら

「半分以上が説明のつかないオカルトチックなものだけど...

まぁ仕方ない」

とつぶやいた。

 

説明できない箇所はあるが、

ざっくりとした大まかな「こうとしか説明のつかない、不思議な事象」はこのメモに書いてある通りだったからである。

 

 

冒頭で言った通り、彼が今いる時代は、中華民国時代である。

皇帝制度が終わり、中国が民主主義を歩き出し近代化を進んでいる頃である。

 

ブラックジャックはメモをにぎりしめ、空を見上げて思った。

 

「(今まだ、皇帝がいる。紫禁城に。

もう中華民国が建国されたけど、最後の皇帝は生きてるはずだ。

―確か溥儀って言ったな。

映画で見たことある)」

 

 

―紫禁城

 

空からふわふわと紫禁城に降りてゆくブラックジャック。

 

トンッ、と建物内の橋渡し部分に降り立ったすぐ。

 

「何をしている!」

と後ろから鋭く大きな声が響いた。

 

後ろを振り向くと3メートルくらい離れた所に溥儀が立っていた。

 

写真で見たことはあるが眼鏡を掛けていない。

会ったことはないのに「溥儀だ」とすぐに分かった。

 

口に手を当てるブラックジャック。

「(な、何故私の姿が見えるんだ・・・)」

とても驚く。

 

 

溥儀の声に役人ぽい男がサササッと忍者のように出て来た。

ひとりしかいないが。

溥儀が声を掛けたからか、その人間にもブラックジャックが見えたようだった。

溥儀の認識によって、ブラックジャックが「視える」ようになったのかもしれない。

 

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牢屋で体育座りをしているブラックジャック。

 

すると、何故か溥儀がキィ...とドアを開けて入って来た。

 

皇帝自ら来たのである。

 

溥儀はスラッとした若者で、清朝独特の帽子を被っており

長い長い辮髪をしていた。

背は高かったが、まだ13歳くらいであった。

 

さすがに汗をかいて驚いて彼を見上げるブラックジャックだったが、

溥儀はハッキリ言った。

 

「君は紫禁城に入った。厳重な警備が張り巡らされているのに何故だ。

何故入れる。

事情を聞かせてくれないか。興味がある」

 

皇帝なのに、そこいらの部下、家臣などを自分の身内だと思わず、

猜疑心が強いからなのか―

自分自身のみで自分を守っているような雰囲気を、彼から感じたブラックジャック。

 

彼は話した。

二次元から来たことやら東洋医学のことやら。

 

彼はやけになっていた。

こうなったら処刑だのなんだのになるだろう。

そうなったら逃げればいいのだが

溥儀の反応を見てみたかったのかもしれない。

 

しかし案外溥儀は、

この不思議な格好をした男が紫禁城に侵入している事実があったが故か

割とおおすじ部分は信じた。

 

ブラックジャックはこの妙な臭いがしてわずかに湿気のある牢屋の中、

口をだらんと開け、呆気に取られた。

「(こいつはおかしい!)」

すっかり自分を棚に上げていた。

 

 

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そこは紫禁城に数多くあるであろう、客間の一室であるようだった。

 

かなり大きな木製の机があり、

紙の巻物と筆が置いてある。

 

お香の良い香りが漂って来たのだが、

「(ふむ...嫌いな香りではない)」

とブラックジャックは思った。

 

「・・・という訳でですね。

東洋医学は自己治癒能力というものが根幹となっている学問、技術のようですな」

あまり上手な字じゃないのに、

ブラックジャックの字をキレイだなと思う溥儀。

何故日本人であるブラックジャックが中国語を書けるのか...

そこは都合の良い世界のようである。

 

溥儀は言った。

「・・・朕は西洋の学問の教育を受けている。

外国の知恵は近代国家になる上で無視出来ない。

参考になるものも多くある。

 

しかし東洋の、特に我が国の学問には誇りを持っている」

 

窓から光が入ってくるが、曇っているせいか、明度の低い光である。

 

リラックスした風なのに、背すじをピンとしながらやはり上半身を少しも揺らすことなく

歩く溥儀は言葉を続ける。

 

「朕の中に、そのような遺伝子が詰まっていると言うのは、嬉しいね」

笑顔を見せる溥儀。

 

口しか動かしてないんじゃないかというような表情のない溥儀が笑顔を見せたので

少しビクッとしたブラックジャック。

 

ふたりはとても気が合ったのだろう。

長く夜まで語り合った。

 

変わったもの、妙なもの、不可思議なもの、

それらをいぶかしがりながらも、結局興味深く聞き、受け入れる溥儀と

必要最低限の情報を語り、物事を話すクールなブラックジャック。

噛み合いが何故か良かった。

 

 

二次元の世界に帰るという頃になり、

何故か腰の辺りにピノコがいるブラックジャックは

「じゃあまた。楽しかったです」と棒読みしながら帰ろうとした。

 

恐らくそのまま消えるか、

或いは窓から空に飛んで行くか―

 

そうしようとした時に溥儀が彼を呼び止めた。

 

「・・・今後、そのような機会があるか分からないが

もしもこの先、君の手に余るようなことがあれば、

朕を頼ってくれ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

何故かタメ口でそう言い、ブラックジャックは壁の中に向かい、消えて行った。

 

 

「・・・」

 

溥儀「(頼るって、...一体何を?)」

 

自身の言った言葉に不思議さを感じ、考える溥儀。

 

 

何となく遠い未来、

西洋医学と東洋医学の融合があって役に立つような事柄が

あるのではないか、という予感がしたのであった。

 

それはまた、100年以上、先の話。